持ち時間が、一日一日少なくなっていきます。人生長く生きても120年。たいていの人は数十年しか生きられません。

そうである以上、残された持ち時間のなかで、逆転できないかどうか、努力してみる価値はあると思います。同じチャンスは2度とないので、できるだけ、がんばってみるべきです。

そのためには、あまり完全主義的な傾向は持つべきではありません。人間の持つ不完全な部分、ある意味における動物性、動物的な部分を受け入れることです。

自分にも他人にも動物的なところがあり、だからこそ、感情のまま流されて、怒ったり、嘆いたり、わめいたり、失敗したり、被害者意識を持ったり、攻撃したりすることがあります。

人間には、そういう不完全な部分があり、不完全な部分があるからこそ、まだ修行が残っているということを知ってください。「不完全さをも受け入れなさい」ということでしょう。

そして、罪というものをあまり追求しすぎると、さらに、新しい大きな罪をつくってしまうこともあります。あまりに潔癖すぎて、また大きな罪を犯すこともあるのです。

会社の経営における失敗などは、よくあることです。ただ、そのときに、プライドが許さないため、引くに引けず、強気一点張りで、さらに破滅に向かっていく場合があるのです。その結果、自分のみならず、妻子まで犠牲になってしまうこともあります。しかし、それを避けることはできたはずなのです。

名誉やプライドだけで戦うのではなく、冷静になって対応の仕方を考えることです。この世的な知恵で対応できるものは、知恵を尽くして考えるべきです。

さらに、知恵が尽きたら、次は勇気も必要です。自分を許すにも勇気が要りますし、他人を許すにも勇気が要ります。その罪を許す勇気が、自分の幸福と多くの方の幸福につながっていくと思います。