1.建設業の請負契約と債権

工事収益を認識する上で、下請工事の出来高請求額が法的に債権として成立するのか、法的請求権が認められるのか、同時履行の抗弁権が予定されているのか、建設業の請負契約を基本に確認しておく。

債権とは「ある特定の者(債権者)が他の特定の者(債務者)に対して一定の行為(給付)を求める権利であり、民法が財産権として保護するものである」(生田[2017]、80頁)と述べている。また、債権の目的とは「債権の対象のことであり、債務者の一定の行為(これを給付という)を指す。たとえば、『甲商品を引き渡す』『代金1000万円を支払う』『借りたお金を返済する』『従業員として労働に従事する』『住宅を建築する』等々、債務者が債務として負っている行為」(生田[2017]、80頁)であり、債権が有効に成立するには、3つの要件が必要とされる。

① 給付が確定したものでなければならない。なぜなら、給付が確定して

いないと履行することができないからである。ただし、物の引渡しを目

的とする債務においては、契約時において確定していなくても、引渡し

時までに目的物が確定するものであれば、債権として有効に成立する。

② 給付は実現可能なものでなければならない。

③ 給付は適法なものでなければならず、公序良俗あるいは強行規定に反

するものであってはならない。

つまり、債権が成立するには、①給付の確定性、②給付の実現可能性、③給付の合法性の3要件を満たした場合である。

この債権成立の3要件を、建設業の請負契約で検証する。

まず、債権成立の②と③に関しては問題なく要件を満たす。問題は①であり、請負契約は引渡し時までに目的物が確定し、その工事対価は債権成立の3要素を満たし債権として有効に成立する。しかし債権として成立しても、この段階で工事対価を収益として認識することはできない。なぜならば、請負工事を完了し引き渡すまでは、工事対価に対する法的な請求権がないからである。そうすると、工事対価の着手金、中間金、出来高払いも民法上の債権として有効に成立するが、法的請求権について詳しく検証する必要がある。

請負契約とは、当事者の一方が一定の仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその対価を支払うことを約する契約をいう(民法第632条)。建設業の請負契約は双務契約であり、双務契約は、当事者双方が債務を負う契約である。つまり、建設業者は仕事の完成と目的物引渡し義務を負い、工事発注者は工事対価の支払義務を負う。この場合、建設業者から見ると、工事対価が債権であり、仕事の完成と目的物引渡しが給付義務になる。また片山[2017]は「請負契約の本質は、請負人(企業)の給付義務が仕事をすること(事務処理)自体ではなく、仕事を完成することにある。注文者(顧客)は、仕事の結果に対して対価を支払うから、特約がなければ、目的物の引渡しと同時に、又は仕事の完成後に報酬を支払うこと(後払い)になる(民法633条)」(331-332頁)と民法の原則規定を述べている。

この原則規定によると、建設業者は仕事を完成するまで工事対価を請求することができず、前払いの特約があっても、仕事を完成しなければ、既に支払いを受けていた工事対価を注文者に返還しなければならいとされてきた。しかし、過去の多くの裁判例が、契約が解除された場合にも、あるいは仕事の完成が不能となった場合にも、「出来高」に応じた報酬の請求が可能となる旨を判示してきた(山口[2013]、72頁)。つまり、請負契約が仕事完成前に終了したときであっても、建設業者は当該終了時までの仕事完成部分について報酬を請求できるというのが判例の考え方である。そして、今回の民法改正(2017年6月2日交付)で、それが明文化された。

民法第634条(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)

次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部

分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成と

みなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じ

て報酬を請求することができる。

1 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成する

ことができなくなったとき。

2 請負が仕事の完成前に解除されたとき。

つまり、不可抗力によって仕事完成が不可能となった場合やいずれかの当事者の事由によって請負契約が解除されてしまったような場合でも、建設業者における仕事の結果が可分であるときには、建設業者はそれまでの部分に係る報酬を請求できるようになった。

上述の内容から、工事対価の着手金、中間金は、将来確定する法的な請求権であり、仕事の完成及び引渡しという給付が確定していない以上、法的請求権として成立しない。この段階では工事対価の前受金であり、法的請求権は有していない。

一方、下請工事の出来高請求額は、法的請求権として成立するかどうかを検討する。出来高請求することで、出来高部分の給付が確定していると捉えることができるなら、法的請求権が成立する。出来高部分の給付が確定していないと解するなら、法的請求権は成立しないことになる。しかし、多くの裁判例にあるように、仕事出来高部分について報酬を請求できることを認めてきた。また、そのことを民法第634条に明文化した。この二つのことからも、仕事出来高部分については請求でき、法的請求権として成立することになる。もっとも民法の規定は、不可抗力によって仕事完成が不可能となった場合やいずれかの当事者の事由によって請負契約が解除されてしまったような場合を想定しているが、通常の状態で下請工事が進行する場合には、出来高請求額は法的請求権が濃厚になる。このように下請工事の出来高請求額は、元請業者の進捗査定が入った状態で、請求額が確定し、貨幣性資産を獲得している点で、より法的請求権が成立することになる。もちろん、出来高部分の給付は確定している。

以上のことから、元請業者と下請業者間で締結される注文書及び注文請書も、双務契約であり請負契約と同様の取扱いになり、出来高請求した時点で法的請求権を有していると解せる。

 

2.同時履行の抗弁

同時履行の抗弁とは、双務契約の当事者が、相手方がその債務の履行を提供するまで、自己の債務の履行を拒むことができる権利をいう(民法第533条)。

蓑輪[2017]は、「双務契約の場合、たとえ相手方から債務の履行を請求されたとしても、その相手方が履行しない限り、自らの債務の履行を拒絶できる権利を認めている。この場合、債務の履行をしなくても債務不履行による責任を負わないとしたのである。これを同時履行の抗弁という。双方の債務が対価的関係にある双務契約では、このような権利を認めることが当事者の『公平性』の観点から適切だからである」(133頁)と述べている。

また片山[2017]は、「顧客が企業に対価を支払う義務と、企業が顧客に契約の目的とされた財又はサービスを提供する義務との間に同時履行の関係のある契約では、顧客は、対価の支払を請求する企業に対し、企業が財やサービスの履行を提供するまで、対価の支払を拒絶することができる。顧客がこのような同時履行の抗弁を有するときは、企業は、資産に対する支払いを受ける現在の権利を有していない。不動産の売買契約、建築請負契約などでは、対価を支払う義務と契約の目的とされた財又はサービスを提供する義務とを同時履行として合意することが多い」(219頁)と説明している。つまり、建設業の請負契約における着手金、中間金は同時履行の抗弁が要件とされ、上述のように「資産に対する支払いを受ける現在の権利を有していない」となり、完了と引き渡しがない時点では法的請求権がないことを意味している。

建設業の請負契約書には、工事対価の支払い条項として「工事完成後、検査に合格したとき、乙は甲に請負代金の支払いを求め、甲は契約の目的物の引き渡しを受けると同時に、乙に請負代金の支払いを完了する」(片山[2017]、327頁)と定め、同時履行のことが謳われている。ゆえに、建設業の請負契約は双務契約であり、同時履行の抗弁が存在し予定されているのが一般的である。

 

3.権利確定主義と下請工事の出来高請求額

下請工事の出来高請求額に基づく収益認識は、「工事契約会計基準」に定める工事進行基準と相違する点が二つあった。一つは、元請業者と下請業者における進捗査定が慣習的に実施され、工事進捗率を算定することなく工事収益を認識できたこと。もう一つは、出来高請求することで貨幣性資産を獲得していることであった。そして上述のように、下請工事の出来高請求額が法的な債権であり、出来高請求した時点で法的請求権もあることを確認した。

そこで、下請工事の出来高請求額は半発生主義(権利確定主義)で収益認識できるのか、貨幣性資産の受入れがあるので狭義の実現主義の適用とみるのか、順次、検証していく必要がある。

下請工事の出来高請求額は、貨幣性資産の受入れが確定する工事形態であり、それに最も類似する半発生主義(権利確定主義)から検討する。武田[2000]は、「権利(債権)の確定とは相手方(買主側)に対し債務の履行を訴求しうるようになったことを指すものと解する。というのは、財貨の引渡において同時履行の関係から債権が確定するものと解されるからである」(114頁)とされ、税務上の権利確定の要件として、次の2要件をすべて満たさなければならい。

⑴ 債権の成立

⑵ 当該債権に基づいて債務者に対し具体的に債務の履行を訴求しうる

状況が発生していること(債権請求の確定性)

また、「⑴の要件は民法上の『債権成立』の3要件をすべて満たすことが要求されるが、これのみでは十分ではなく、第2の要件として『債権請求の確実性』を挙げなければならない。この要件は、同時履行の抗弁権が存在することを予定したものである。これら2要件が満たされるならば、会計上、収益の処理的記帳が行われうる。すなわち、(イ)当該収益が貨幣的に計量化され、(ロ)後日において取消されることのない確実性があり、かつ、(ハ)客観的証拠を確かめることができる、という意味において、記帳の対象となりうるわけである」(118頁)と述べている。つまり、権利確定主義に基づき収益を認識するには、民法上の債権が成立し債権請求の確定性があり、且つ、同時履行の抗弁権が存在することが要件となっている。また武田[2000]は、「会計学上の収益認識・測定原則である実現主義の原則を、法的概念によって記述するならばまさに権利確定主義にほかならない。端的に、実現主義と権利確定主義とは同一内容の異なる表現にすぎない」(118頁)と指摘している。

上述のことを前提にするならば、前出の⑴建設業の請負契約と債権、⑵同時履行の抗弁で考察したように、下請工事の出来高請求額は、民法上の債権であり、債権請求の確実性もあり、同時履行の抗弁権も存在し予定されている。ゆえに、権利確定主義で収益認識できる。

しかし、実現主義から見れば、下請工事が完了するまでは「財貨やサービスが相手に引き渡された」とはいえず、実現原則の一つが欠けることになり、狭義の実現主義の採用はできず、発生主義の例外として、あるいは実現主義の例外として収益を認識することになる。

武田[2000]の学説を採用するなら、下請工事の出来高請求額は、実現主義での収益認識が可能になり、工事完成基準の一形態である部分完成基準とも呼応する点がある。これは筆者の考え方であり、部分完成基準について、斎藤[2013]は「もし工事の段階ごとに引き渡しと対価の確定があって、それぞれの段階でリスクの部分的な消滅を認めるというのであれば、それは部分完成基準とでも呼んだほうがよい」(242頁)と指摘している。やはり「引き渡しと対価の確定」が、実現原則を決定づけていると解せる。筆者も武田[2000]の学説である「実現主義と権利確定主義とは同一内容の異なる表現にすぎない」(118頁)ことに賛同するが、下請工事の出来高請求額は、権利確定主義で収益認識が可能でも、狭義の実現主義で収益認識を捉えることには疑問が残る。なぜならば、後述するが、法人税法の基本通達2-1-9で規定している部分完成基準も「引き渡しと対価の確定」が求められ、下請工事の出来高請求額に基づく収益認識と異なるからである。もっとも、下請工事の出来高請求額は、貨幣性資産の受入れと部分的履行が確定する債権であり、狭義の実現主義と解することもできる。

いずれにせよ、下請工事の出来高請求額は、狭義の実現主義では部分的履行の疑問が残るが、権利確定主義というより武田[2000]の学説を採用するならば実現主義で収益認識が可能になり、現実の会計処理で売上高に計上できるわけである。「工事契約会計基準」に定める工事進行基準の適用ではなく、実現主義で収益認識できることが確認でき、会計処理としても迅速かつ簡単であり、中小建設業者に適した会計処理である。武田[2000]の学説が、税法上での権利確定主義で収益認識を捉えているにせよ、会計学上の実現主義と同義であると述べている以上、下請工事の出来高請求額は、会計学的にも通用する考え方と解せる。以上を整理すると、表2-2のとおりである。

 

表2-2 下請工事の出来高請求額に基づく収益認識

区  分 対価の確定 収益認識基準
工事進行基準 対価は確定していないが、債権に準じて取り扱う。 広義の実現主義
下請工事の出来高請求額に基づく収益認識 法的請求権をもつ債権である。対価は確定している。 半発生主義(権利確定主義)又は実現主義