M&Aと特殊経審について、一つの例をあげて話を進めていきます。
甲建設会社は、国、県、市の役所工事を受注し建設業を営んできました。しかし、どうしても、甲建設会社の某支店では、本店ではないので某市からの工事を受注することが出来ずに今日まで来ました。そんな折、某市に本店があるA建設会社からM&Aの話が持ち上がりました。その際に、M&Aや特殊経審で注意すべき事項を簡単にまとめました。
1.M&Aについて
M&Aの種類として、主なものは「株式譲渡」と「事業譲渡」です。
⑴ 株式譲渡
株式譲渡とは、株式の売却によって会社の経営権を移転させる方法です。買手側は、その会社の経営権を引継ぐことになります。このように、株式の売買のみで取引が成立するため、ほかのM&Aと比べて、手続きが簡便であることがメリットです。
また、株主が代わる以外には会社そのものに何の変化もないため、M&Aの実施に左右されることなく会社は事業を継続させることができます。しかし、買手側には会社の経営権を引き継ぐことにより、隠れていた簿外債務が後で発覚し、経営に悪影響をおよぼす可能性があります。したがって、買手側としては、簿外債務や偶発債務などを事前に明らかにしておくことが重要になります。
中小企業では株式譲渡後に、例えば、社会保険料や税金の滞納額が発覚する場合がよくあります。中には売手側の決算書に、社会保険料や税金の滞納額が計上されていない場合がありますので、注意なさってください。
⑵ 事業譲渡
事業譲渡とは、会社が行っている事業や資産を個別に譲渡(売買)するM&Aです。売手側の株式はそのままですから、会社自体は経営者も変わらず、売手側の会社はそのまま存続します。また、株主(経営者)は当事者ではなく、売却の当事者はあくまで会社です。
売手側と買手側、双方のメリットとしては、譲渡や譲受する事業や資産を選別できることです。売手側では、不要となった事業の換金が可能となります。買手側は新規事業の獲得や既存事業の拡大が望めます。また、売手側の決算書に記載されていない社会保険料や税金の滞納額も関係なく事業譲渡を進めることができます。
しかし、事業や資産を譲渡譲受する場合、それに伴って従業員、取引先、債務なども移転することになります。その同意を取ることや個別に再契約したり等々、手続が煩雑となる点が事業譲渡のデメリットです。
また、事業に必要な許認可などは会社が個別に取得しているため、事業譲渡では移転できません。したがって、買手側は必要な許認可があれば、新たに取得する必要があります。特に建設会社の事業譲渡では、譲り受ける会社(新設会社)にも、譲渡する会社と同じ業種の許可を取得するなど、一定の条件が伴います。これが建設業における事業譲渡のデメリットでしょう。
2.特殊経審とは
特殊経審とは、事業譲渡、合併、分割、法人成が伴う経審をいいます。通常の単独法人で行う経審と違いますので、特殊経審と呼んでいます。
株式譲渡の場合は、特殊経審は関係なく、通常の経審を継続させるだけです。買取った会社をそのまま継続して経営していきますから、特殊経審の出番はありません。
中小企業において、事業譲渡や分割、合併等の組織再編を必要としている会社の多くは建設業者です。金融機関からの資金調達、節税対策といった観点だけでなく、許認可、経審、入札などの建設業の特殊性が多くあり、建設業の組織再編を推し進めていくには、会計、税務、会社法の知識も必要であり、戦略的に特殊経審を進めていかなければなりません。
ここでは、主に株式譲渡と事業譲渡について、特殊経審との関係を説明します。
3.株式譲渡や事業譲渡で、工事実績を活かす方法
各役所とも、希望する工事が一種類に限定され、入札参加のメリットが減りました。例えば、土木、とび土工、舗装というように、三種類の実績がある会社は、これからの対策を練る必要があります。
また、事業譲渡や会社分割などのM&Aを考えていらっしゃる建設会社も、戦略的に経審対策や入札参加を押し進めていかなければなりません。
新規に別会社を設立する方法がありますが、単純な新設会社は、建設会社にとっては良い方法とは言えません。役所によっては入札参加の条件に、二年間や最低一年間の実績を求めています。二年後や三年後に初めて申請ができますが、すぐに入札参加に加えてもらえるとは限りません。
では、どうするか。株式譲渡や事業譲渡の方法があります。
⑴ 株式譲渡の場合
株式譲渡は株式の売買で成立しますから、その会社の建設業の許可番号や工事実績はそのままですから、特殊経審を受ける必要もなく、役所の入札参加も引き続き継続し、会社経営が出来ます。一番手っ取り早い方法です。
重複しますが、既存会社の経営権を引き継ぐことにより、隠れていた簿外債務が後で発覚し、経営に悪影響をおよぼす可能性があります。したがって、買手側は、簿外債務や偶発債務などを事前に明らかにしておくことが重要です。
この点をきちんと回避できるなら、株式譲渡が一番手っ取り早い方法です。役員変更や本店移転等の手続も発生しますが、最大のメリットは役所工事を素早く継続できる点にあります。
⑵ 事業譲渡の場合
① 前提条件
建設業の事業を譲渡する会社と、建設業の事業を譲り受ける会社と2社間の売買になります。事業譲渡する会社の隠れたリスクを負いたくない時に利用させる制度です。これが事業譲渡のメリットです。
また、譲り受ける会社(新設会社)にも、譲渡する会社と同じ業種の許可を取得するなど、事業譲渡の特殊経審には、一定の手続方法があります。これが事業譲渡のデメリットでしょう。
② 具体的な例
土木、とび土工、舗装の工事実績を持つA社があるとします。B社にこの実績を事業譲渡します。
経営事項審査では、事業譲渡は過去の実績を認めてくれます。そうしますと、設立当初から実績がある会社として、役所に入札参加が可能になり、入札に加えてもらう確立が高くなるでしょう。あとは、営業の努力にかかっています。
事業譲渡、分割、合併を伴う経審を「特殊経審」といって、申請者の有利さを考えて設けられた制度です。簡単に言えば、完成工事高が引き継げる。営業年数も引き継げる。営業年数は、ケースによって引き継げる場合と引き継げない場合があります。つまり、完工高と営業年数のメリットです。
費用効果や税制面なども考えて、ちゃんとした計画のもとに進めてください。
⑶ 結論として
事業譲渡より、株式譲渡をお勧めします。
但し、某市のA会社が信頼のおける会社で、代表者の人物にも信頼がおける会社であれば、株式譲渡がお勧めです。簿外負債については、事前にきちんと調査をなさってください。