トップの想いを従業員にどのようにして伝えていくのか。その仕組み作りをどのように従業員と共有すれば良いのか。トップのリーダーシップを向上させるには、トップ自身の人格向上と従業員と一体となった経営の仕組み作りが、会社を繁栄発展させるマネジメントの要諦だと確信します。
今回は、川越胃腸病院の「医療は究極のサービス」を採用させていただきました。その理由は、私の問題意識がここに顕著に表現されていたからです。出典は、「医療法人財団献心会 川越胃腸病院 常務理事 須藤秀一氏」の報告を参考にしています。
望月理事長の人を愛し、人を大切される経営に対する想いと、そのリーダーシップが、仕組み作りに発揮された好例です。「想いの経営」と「仕組みの経営」が見事に融合され、継続へのこだわりが、須藤氏のレジメと講義内容から学ぶことができます。その根底には、望月理事長と須藤氏の二人三脚による30年以上の歴史があり、トップと補佐役の名コンビを垣間見ることができます。
それに触れることで、「想いの経営」と「仕組みの経営」を融合した、継続のこだわりが説得力をもちます。また、人を愛し、人を大切にされる、お二人の人間性に触れることができ、優れたリーダーシップの参考になりました。
1.川越胃腸病院の小史
創業は1969年(昭和44年)で、埼玉県川越市にあり40床の消化器専門の単科病院です。職員数は118名で、診療部(医師)、看護部、薬剤部、放射線科、臨床検査科から成り立っています。
経営革新には5つの節目があります。昭和58年に近代的・合理的な成績評価制度に基づく賃金制度の導入、昭和62年に患者満足度調査開始(CS調査)、平成9年に第三者評価受審がスタートし、病院機能評価第1回認定を受けられる。平成19年にES調査(従業員満足度調査)・CS全国調査(全国の患者満足度調査)を実施し、病院経営に活かされ、その実践方法に「継続のこだわり」があり、事例分析のポイントだと理解します。平成22年に日本経営品質賞を受賞されました。
2.医療界の幻想を正しく分析する
「病院は儲かる仕事である。赤字の病院がそんなに多いはずがない。」現実には、赤字の病院が多く、全国平均で73.5%の病院が赤字経営です。民間病院より国公立病院の赤字が目立ちます。
「医師の給与が高い。医師は生涯安定した仕事である?」現実には、大学の常勤医師の給与は安く、アルバイト収入の方が給与の2倍から3倍ある。勤務時間や夜勤勤務もあり労働条件は厳しい、退職金制度もなく安定していないのが現状です。
「看護師はやりがいがあり希望者が増えている?」現実は看護師の数は増えているが、現場で働く看護師の希望は減少している。兼業資格を取り、事務職を希望する者が多く、現場の看護師の数はむしろ足りないのが現状です。
また、人材派遣会社への法外な手数料があり、医師は年収の20%~30%、看護師は年収の20%など、医療界の常識が、世間の非常識になっています。
このような様々な幻想が飛び交い、この分析から始まります。その幻想を一つひとつ正確に把握し、川越胃腸病院の経営革新がスタートします。
3.経営の想い
理事長の望月氏は、「経営者が夢の旗を遠く立て、決してぶれず、妥協せず、「すべてのひとの幸せのために」という純粋な動機と強い想いで仕事をしていくと、それが理念として定着し、組織風土として磨かれていく」と述べられています。
理事長の「人を愛し、人を大切にされる」想いが、経営の仕組み作りの根底に流れています。その経営の想いが、川越胃腸病院の経営理念の神髄です。
4.仕組みの経営
「成績評価制度に基づく賃金制度の導入」に始まり、②患者満足度調査の実施 ③第三者評価の受審 ④職員満足度調査の実施(ES調査)があります。
これらの調査実施から生まれた「医療サービス対応事務局」の開設があり、当初は二人からスタートされ、患者満足度のサービスにつながっています。また、患者満足度、職員満足度の実施調査からは、「ひと満足の好循環スパイラル」というソフトが出来上がっています。
創業の昭和44年から賃金制度導入前の昭和58年までの具体的な内容については省略されていますが、苦悩の連続だったと推察します。医療界をとりまく経営環境の中で、医療界の幻想に疑問をいだきながらの病院経営でした。その幻想を一つひとつ革新していくところから、理事長と須藤氏の人間味溢れるドラマが始まります。
4つの仕組み作りを実践する道のりも平坦なものでなく、失敗と苦労の連続を重ね、職員の理解が深まるまでに20年の歳月をかけた「成績評価制度に基づく賃金制度の導入」から始まります。次に紹介します「7つのこだわり」が、これらの革新を支える原動力になり、信念をもって、経営革新を実践されています。
5.7つのこだわり
① 医療の質・経営の質へのこだわり
1番目のこだわりが「医療の質・経営の質へのこだわり」です。それを深く追求され、より多くの時間をかけて変革されたことが土台となり、簡単には崩れない現在の組織が育まれたとあります。
本質とは「ぶれない軸」と表現され、「医療は究極のサービス業」であり、経営については、「人間主義的経営(人を愛し、人を思いやる経営)」、「ESなくしてCSなし」、「すべてのひとの幸せのために」という、経営者の人柄とこだわりが伝わってきます。
② すべての人を大切にするこだわり
2番目が「すべての人を大切にするこだわり」です。誰に対しても敬意をもって接する姿勢を大切にされています。患者様、家族、地域住民、業者等、すべてのスタッフ(委託・派遣を含む)の壁を取り払い、職員同士が互いの仕事に敬意を払いながら、病院経営をされています。そういう意味で、医者も事務員も同じユニフォームで区別がありません。
委託・派遣職員も大切に処遇されています。院長・役員が全スタッフと面接され、コミュニケーションの大切さを説かれます。もちろん、委託、派遣職員とも面接をされ、職員が喜ぶことを最優先に実践されています。例えば、24時間、365日の病児保育制度があります。舞台裏シリーズと題して、栄養科で働く姿やお掃除などの職員さんにスポットを当てた組織作りにも、光が届いています。さらには、数式を越えた手厚い配分を考えた、給与と賞与があります。
③ 働きやすい職場づくりへのこだわり
3番目が「働きやすい職場づくりへのこだわり」です。30年前は失敗と苦労の連続でした。一方通行で心が届かない職場づくりだったが、今は解決への道筋が見えています。
「ひと満足の好循環スパイラル」というソフトを創造され、それをプラスに回し続けることが「ひとの幸せ」、「良い職場」が生まれます。起点は「集う人の幸せ(ES)」の追求から始まります。「職員ひとり一人が人として尊重され、自らも成長できる」自立の職場づくり。「経済的満足」「心理的満足」「社会的満足」の実践の中で、公平で納得性のある評価と報酬が職員のモチベーションをあげます。
この円形状のソフトは、「仕事のやりがいを作り出す仕組み作り」と「働きやすい環境づくり」を回転させていきます。
④ 継続へのこだわり
4番目が「継続へのこだわり」です。継続は力なり。経営の仕組みを実行する時は、十分検討し、信念を持って決定される。スタートしたら絶対に途中であきらめず続けていく姿勢が、川越胃腸病院のこだわりです。
95%社団に対抗した「医療法人財団」を平成8年に取得。財団にこだわった理由は、剰余金は社会のもの、みんなのものという考え方が根付いています。四面楚歌の中でスタートした第三者評価は、平成元年から現在も続いています。
苦悩の中で生まれた「患者満足度調査」は昭和62年から現在まで、30年以上の資料が蓄積されています。二人から始めた「医療サービス対応事務局」は平成7年から現在まで。この事務局が、患者サービスを向上させている宝であり、理事長以下スタッフの愛情が流れています。
誰も想像しなかった「クリスマスコンサート」は、平成元年から毎年の行事です。職員らの手作りのコンサートであるが、必ず一流のアーティストを招き、その芸術に触れることで、二流、三流の違いを知り、「医療の質」「経営の質」にこだわる経営がここでも反映されています。
NS(集う人の幸せ作り)の激しい抵抗の中で、「行事食」をスタート。胃腸専門病院に関わらず、「旬の魚に心を込めて」「幸せを運ぶ焼きたてパン」「お誕生日をみんなでお祝い」「ホットする手作りスイーツ」が、少しずつ食べられるようになった患者様を喜ばせています。
⑤ 一流へのこだわり
5番目が「一流へのこだわり」です。「一流の感性を磨くことは、患者様の感動につながる」「一流のものは大切に使うと劣化せず、価値が高まる」。
一流を知ることで、二流、三流の区別がつく。30年前はみんな凡人だった。全員が一流の人をめざす。「クリスマスコンサート」も一流を知る大切な行事です。
⑥ 理念へのこだわり
6番目が「理念へのこだわり」です。経営は「想い=理念」という縦糸に「マネジメント」という横糸を通しながら布を織っていくこと。想いの方向のすりあわせは、時間と労力のいる作業です。
「想いの経営」は愛情を持って運用し、それはアートである。「仕組みの経営」は緩やかに科学的運用をする、それはサイエンスであると表現される。
理念のこだわりが、「想いの経営」と「仕組みの経営」が融合されています。
⑦ 本業へのこだわり
最後が「本業へのこだわり」です。「消化器科単科の道一筋40年。多角経営や投機は当院の本業ではない。」
バブル期の時代に多くの銀行を始め金融機関から総合病院化、他病院買収、株式購入の話があったが、当院は「消化器専門の誇りを持って人の幸せに寄与することが当院の存在意義」として、一切の誘いに乗らなかった。
唯一の例外は、人財への投資は惜しまない。隣地の取得は時価の2倍でも取得する。本業へのこだわりと信念が、他の誘惑を寄せ付けない、経営者の勇気と正義感を感じます。
6.分析
川越胃腸病院の革新を簡単にまとめてきました。これらの革新を30年以上も続けられる組織は少ない。一時的に実践される会社は山ほどありますが、やり続けるところに、川越胃腸病院のトップの姿勢と信念を感じます。
第三者評価を取り入れた病院は少ないと思います。5年に一度とその中間報告も含めると、多額の費用になりますが、その効果の大きさを評価され、現在まで継続されています。
人を大切にされる経営を貫き通し、理事長の経営理念が見事に昇華した病院経営です。また、仕組み作りに対する粘り強い精神とその実践活動は、トップの優れたリーダーシップと職員をはじめとする病院全体の調和を感じます。例外者もあると思いますが、川越イズムに合わない人は去っていくでしょう。100点満点ではなく、70点から80点が人財マネジメントの最高点だと理解しています。
「ESなくしてCSなし」という経営スタンスには、トップがいかに職員を大切にされているかが伺えます。従業員満足度調査にしても、本音が出ない難しい面がありますが、様々な工夫をされて「本音が出る」調査までになりました。
二人から始められた「医療サービス対応事務局」は、現在では、役員2名、医師2名、看護師2名、事務職員4名、整備課職員1名で構成されています。患者満足度調査で、アンケートをいただいた方へは丁寧に返信されます。この「医療サービス対応事務局」には、30年以上の調査資料が蓄積され、病院の宝物であり、繁栄する病院の息吹が伝わってきます。まさに、智慧と汗の結晶でもあります。
7.限界点
本業のへのこだわりの中で、「消化器科単科の道一筋40年」と題して、多角経営や投機は当院の本業ではない。と述べられ、大きくしないことが、また大きくしなかったことが、川越胃腸病院の成功要因の一つだとも感じました。講師の須藤氏も冒頭でおっしゃっていましたが、当院がやってきた経営手法は、もっと規模が大きいところでも使えますが、100名程度の病院だから出来たかもしれませんと。私も同じような考えをもっています。
トップの姿勢が貫き通せるのは、やはり従業員が100名までが限界だと理解しています。それ以上になるとトップの目が届かなくなり、経営担当者を増やしていくしかないのですが、いつのまにかトップの姿勢や考え方が違った方向にいくのが、大きな組織の常です。社員の人数が増えれば、言うことをきかない人はたくさん出てきますし、30人を超えるあたりから、だいたい言うことをきかないものです。社長の目を盗んでサボる人、言い訳をする人、責任逃れをする人など、もうたくさんいて、目が届かなくなります。
川越胃腸病院の規模が今の10倍、職員が1,000人になれば、果たして、トップの経営理念が、隅々まで行きわたるかは疑問です。限界点として、規模の問題が浮かびあがってきます。
現代マネジメントの課題は、「人」の問題であり、特に経営者や経営担当者自身の変革が最も重要だと考えます。その解決策として、人はコストではなく資源であるという「人材マネジメント」に尽きると思います。
そういう意味では、川越胃腸病院は、人を愛され、人を大切にされ、そこにこだわった経営をされてきました。当初は様々な問題も多くあったでしょうが、その困難を乗り越えられ、30年という歳月を経て、須藤氏の「石の上にも3年」ではなく「石の上にも30年」という言葉に、深い重みを感じました。
8.改善案
改善点は、時代が下り、経営者が変われば、改良が加えられ、より良いものに発展していくと考えますが、経営とは、トップが変われば経営手法も変わります。より良いものに発展されることを願いますが、反対にトップが腐れば、このすばらしいソフトも絵に描いた餅になります。
昨年、東芝の粉飾決算等をはじめとする不祥事が多く起きています。そのたびに会社法の改正やコーポレートガバナンス・コード等が施行されていますが、不祥事は減っていません。これは、ルールや仕組みの問題を超えたところにあるように思います。東芝の事件で思い出すのは、古い話で恐縮ですが、土光敏夫氏です。当時の腐りきった経営陣を一掃され、東芝を再建された。その東芝がまた不祥事を起こしています。トップが変われば、会社は変わる。いくら良いソフトがあっても、そのソフトに社長のマインド(魂)がこもっていなければ、そのソフトもやがて消えていくことになるでしょう。
一倉定氏も、経営計画は社長自ら作り、そこに魂を入れてこそ、経営計画や経営戦略が末端まで浸透すると力説されています。アサヒビールを再建された樋口氏も、スーパードライの誕生までには、消費者や小売商の心を適格につかみ、人の経営を大切にされました。
やはり、仕組みやルールも大切ですが、その中に魂(心)がなければ、良い経営ができません。その意味では、川越胃腸病院は、人格優れた経営担当者の心が生きている経営であり、今後のさらなる繁栄発展をお祈りいたします。