松下幸之助さんが、住友銀行と取引を開始した理由が、非常に興味深く、すごい事だと思いました。経営哲学の真髄を教えて頂いたようです。昭和2年頃のお話ですが、松下幸之助さんだけにしか出来ない銀行との交渉事だと痛感しました。
長くなりますが、「人を活かす経営(PHP研究所)」から間接引用させていただきます。私の言葉では、松下幸之助さんの真髄が伝わらないからです。
当時、松下電器は十五銀行と取引をされており、それで十分用が足りていて、別に住友銀行と取引する必要がなかったそうです。しかし、行員の熱心さにほだされて、住友銀行と取引する気になったということですが、取引を開始する前に一つの条件をつけられました。
その条件とは、取引を開始する前に二万円までは必要に応じて貸付をするという約束でした。つまり、先に二万円までの融資を約束してくれるなら取引をするという条件です。
住友銀行の行員は、「取引を開始してくれるのが先決で、取引さえ開始してくれたら、資金は十分に融通します」と言う。銀行は取引が先と言い、松下さんは貸付の承諾が先と言う。困ったのは行員です。「支店に帰って支店長とよく相談してみます」ということで帰られた。
松下さんが、なぜ貸付の承諾を先にしてほしいと希望されたのか。それは結局、信用の問題であるとおっしゃっています。銀行が取引を勧誘しにきたのは、松下電器が信用するに足りる会社だと考えたからでしょう。松下電器の将来を考え、発展していくことのできる会社だと考えたからでしょう。そう考えて、取引を勧めるのだから、その信用していることを実際の形にあらわしてもよいはずです。というよりも、実際の形にあらわせないのであれば、その信用は口先だけのものになってしまう。信用の実体がなくなってしまうと、松下さんは考えられました。さすかですね。
四、五日してから、また行員がやってきました。
「支店長は松下さんのご希望はよくわかると申しております。ぜひ取引していただきたいと申しております。貸付の件は、まず三、四ヵ月取引していただけたら、必ず実現できるということです」
松下さんは、「あれ?」と思われた。この前の話と同じことです。少しも進んでいません。こちらの希望する意図がわかっていないのだろうか。そういうことであれば、信用という点は何ら考慮されていないともいえるのではないか。これはおかしい。そこで松下さんは、もう一度これまでの主張というか希望について説明された。相手は一つひとつ頷いて、分かってくれたような感じでした。
「よくわかります。松下さんの言われることは誠にごもっともです。しかし、私どもの銀行といたしましては、いかに信用のある会社でも、取引も開始しないうちに貸付のお約束をすることはできにくいのです。また実際問題として、そんな例は他にありません。少なくとも私は知りません。ですから、どうか取引開始の方を先にお願いしたいのです」
松下さんは、相手の言うことはもっともだと思われた。銀行さんの立場からすれば、そういう行き方をとるのがいわば当たり前であろう。だから、もうこの辺で話をつけて、取引を開始することにしても良いと考えられた。
また、そうしたからといって、世間的に見れば、松下電器の信用がどうこうということはない。むしろ住友銀行と取引することは、信用上プラスになることも十分考えられた。
しかし、単に取引を開始するのであれば、それは何の意義もない。今でも十五銀行と取引をして、それで十分スムーズにやっているのだから、新たに他の銀行と取引を開始する意義はない。やはり、こことは、松下電器を大いに信用してもらっているのであれば、その信用していることを実際の形にあらわしてもらわなければならない。それができるかどうかがカギであると考えられました。
そこで、松下さんは、銀行の立場を理解された上で、再び、信用の話をされました。
「信用があるならば、開始の前に貸付の約束をするのも、開始後に貸付をするのも同じことであり、こちらの条件が受け入れないという事は、結局、本当に松下電器を信用することことはできないということではないでしょうか。だから、もう一度、徹底的に松下電器を調査してください。調査し直して、それで得心がいけば貸付の約束をするということで結構です。支店長ともよく相談してみてください。私が支店長に一度お会いしてもいいです」
しばらくすると、支店長から電話があり、松下さんは支店に行かれ、改めて説明された。
「取引というものは、大なり小なりその範囲における信用があってできるものです。十分に調査すれば、一定の範囲がわかります。その範囲において、貸付の約束ができないはずはありません。現に小さな松下電器でさえ、得意先が信用できれば、最初から五千円なり一万円なりの商品を貸しています。大銀行の住友さんが貸付を約束できないはずはないでしょう。約束ができないということは、真の信用を払わないということになります。そうであれば取引の必要はありません」。すごい言葉ですね。
松下さんの話を静かに聞かれていた支店長は、大きく頷かれておっしゃいました。
「よくわかりました。これは私の一存ではかることはできませんが、本店と相談して必ずお約束できるようにいたしましょう。そして、おっしゃるように、一度よく調査させていただきます」
そこで話はやっと具体化し、進んでいきました。調査も行われ、支店長も奔走され、二万円の無条件貸出の約束のもとに、昭和2年2月、松下電器は住友銀行との取引を開始しました。
この取引後、二カ月して銀行パニックがおこりました。昭和金融恐慌です。全国的に取り付け騒ぎが広がり、十五銀行は支払い停止となりました。松下電器は大きな窮地に陥りました。ところが、この住友銀行との約束が約束どおり遅行されたため、松下電器はこの困難を切りぬけることができました。
まさに、松下幸之助さんの経営哲学の真髄ですね。