建設業許可会社の代表取締役が急死され、建設業における経管要件の問題です。ここでは、一人代表の例をとって、話を進めていきます。つまり取締役が一人であり、その方が代表取締役であり、その方が一人株主であり、建設業許可要件である「経営業務の管理責任者(経管)」であるとします。仮に甲社の代表取締役Aとします。
Aが急死された場合、甲社の引継問題が発生します。甲社を廃業するなら建設業の問題は発生しませんが、誰かが引継ぐなら、建設業における経管問題が発生します。
中小零細建設会社の場合なら、通常はAの妻子が代表者になって、甲社を引継ぐことになりますが、それも敵わない場合には、従業員のうちで番頭格(役員等に次ぐ職制上の地位)の方が引く継ぐ例もあります。あるいは、他者から経管要件のある方に取締役に就任していただき、甲社を継続していくケースもあります。
一方、債務超過のリスク等があり誰も引き継がないケースも現実にあります。様々なケースが考えられますが、ここでは、甲社を誰も引継がない場合を想定して述べていきます。
まず、建設業における経管問題に入る前に、一人取締役で一人株主が死亡された場合に想定される会社法や相続関連についても簡単に触れておきます。
1.後任取締役選任の必要性
会社法348条によると、取締役が一人しかいない株主総会においては、会社の業務執行はその取締役が行うことになります。上記の例ではAが死亡したので、甲社の業務執行を行う者がいない状態になります。また、会社法326条の規定により、株式会社では、最低一人の取締役を置かなくてはなりません。ゆえに、遅滞なく後任の取締役を株主総会で選任しなければなりません。これが通常のパターンです。
2.後任取締役の選任方法
会社法296条3項の規定により、株主総会を招集する権限があるのは、原則として取締役になりますが、甲社のように唯一の取締役が死亡した場合は、取締役が株主総会を招集することができません。
しかし、会社法300条によれば、株主全員の同意があるときは、招集の手続を経ることなく株主総会を開催し、新たな取締役を選任することができます。なお、死亡した取締役が株主であった場合には、その相続人全員から同意を得ることができます。甲社の場合がこれに該当しますが、相続人が同意しないケースも考えれます。
株主全員から後任の取締役について同意が得られるなら、問題なく新たな取締役が選任され、甲社の継続は可能になります。これも甲社を引継ぐ場合です。
しかし、今回はAの相続人も番頭さんも誰も甲社を引継がない場合です。仮に甲社が債務超過の場合は、Aの相続人である妻子は相続放棄の事も考えるでしょう。
ここで、Aが100%所有している株について、Aの妻子がどのように対応するかで、その株を単純に相続したみなされる「単純承認」に気をつけなければいけません。例えば、Aの妻子が知らないうちに株主総会を開催してしまうことがあります。つまり、株は相続財産になり、株主総会を開催することで「株式の議決権行使」になってしまうからです。この点に関しては、慎重に検討されることです。次の項目で説明していきます。
3.相続した株式の議決権行使
甲社の株式は、死亡したAが100%所有していたので、その株式を取得する権利は相続人にあります。甲社の場合はAの妻子です。
Aの相続財産について、相続を承認するのか、相続を放棄するのか、Aの妻子は判断を求められます。相続を承認する方法には、無条件で承認する「単純承認」と、条件付きで承認する「限定承認」の二つの方法があります。
限定承認の説明は省略しますが、単純承認とは、亡くなった被相続人(A)が残した相続財産を全て引き継ぐものです。
単純承認には、単純承認をしたとみなされる一定の行為は民法で規定されており、条文は以下のとおりで「法定単純承認」と言われています。
(法定単純承認) 第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。 一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。 二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。 三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。 |
法定単純承認の例として、①不動産及び車等の名義変更、②預貯金の解約や払い戻し行為、③相続人間で遺産分割協議の合意、④相続した株式の議決権行使の行為は、単純承認とみなされて相続放棄をすることができなくなる可能性があります。なぜなら、相続人として相続財産を相続することが前提となった行為だからです。
ここで問題になるのが、④番目の「株式の議決権行使」です。被相続人(A)が保有していた株式の議決権を行使するということは、株式を相続するという認識があり、民法921条の相続分の処分に該当します。
つまり、Aの相続人である妻子が、甲社の株主総会を招集し、新しい取締役の選任や解散等の決議をすることが、議決権の行使に当たり、Aの相続人が相続放棄をできなくなる可能性が高いということです。特に甲社が債務超過の場合なら、慎重に検討しなければなりません。
甲社の場合、株主総会を開催せず、新たな取締役を選任しない場合は、いわゆる代表取締役が存在しない幽霊会社になります。多くの面で業務に支障をきたします。
4.株主全員の同意が得られない場合(一時取締役の申立)
株主全員の同意が得られない場合は、会社法346条の規定により、株主等の利害関係人が、会社の本店所在地を管轄する裁判所に対し、一時取締役の職務を行うべき者の選任を申し立てることになります。
仮にAの妻子が、株主総会の開催に同意しなかった場合には、一時取締役の申立という制度が用意されています。これも検討の余地があると考えますが、詳しくは弁護士にご相談ください。条文は以下のとおりです。
(役員等に欠員を生じた場合の措置) 第三百四十六条 役員(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役若しくはそれ以外の取締役又は会計参与。以下この条において同じ。)が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した役員は、新たに選任された役員(次項の一時役員の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお役員としての権利義務を有する。 2 前項に規定する場合において、裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、一時役員の職務を行うべき者を選任することができる。 |
裁判所に選任された一時取締役が株主総会を招集し、その株主総会で新たな取締役を選任するとともに、取締役が選任されるまで、一時取締役が会社の業務を行うことになります。一時取締役は登記事項で裁判所が嘱託登記をします。登記上は「仮取締役」と登記されます。なお、一時取締役の権限は、本来の取締役の権限と同一です。
上記の方法もとらず放置すると、先ほど述べたように幽霊会社になってしまいます。
5.建設業における経管変更等について
スムーズに次の代表取締役や取締役が決まる場合は良いのですが、時には、その会社を引継がないケースもあります。この場合、甲社は幽霊会社になってしまいます。
甲社は様々な面で業務に支障をきたすことになりますが、ここでは建設業の許可に限定して話を進めていきます。
甲社は、Aの急死により代表者が存在しない会社であり、その時点で経管要件も欠いた状態になっています。この状態のまま、建設業における各種変更届や毎年の業務報告である決算変更届も提出することができません。
特に、甲社の例なら建設業における「役員等に次ぐ職制上の地位の証明」ができなくなります。なぜなら、代表取締役がいない幽霊会社であり、証明能力がないからです。「役員等に次ぐ職制上の地位の証明」の場合は自己証明を認めていません。甲社の番頭さんを仮にYとします。Yの番頭経験が事実としても、Y自身でYの補佐経験を証明しても、大阪府では認めてくれません。詳細については該当記事を参照ください。
また、仮にYが、新たに別会社を設立して、建設業の許可申請をされる場合にも、経管の証明が得られず支障をきたすことになります。
もっとも、YがAの死亡時点ではなく、過去に甲社の取締役経験が5年以上あれば、甲社の履歴事項証明書の取締役歴が公的証明になり、Y自身の自己証明で経管変更が可能になる場合があります。
6.仮にYが甲社の専任技術者であった場合
この場合も、甲社は専任技術者の変更届を提出することができません。理由は上記と同様です。
もしYが他者に勤務されて、その専任技術者の要件を活かす場合にも、甲社の専任技術者の変更申請なり、廃業届が提出されていない限り重複が生じ、Yはその要件を活用することもできなくなります。
7.甲社における建設業の廃業届
最後に、甲社における建設業の廃業届について説明いたします。
通常のパターンで、甲社が次なる取締役を株主総会で選出し、役員変更登記も済ませた状態なら、通常どおり甲社の名前で廃業届を提出することになります。
一方、誰も甲社を引継がない場合は、死亡したAの法定相続人から廃業届を提出することになります。この場合には、Aの死亡やAの相続人が分かる戸籍謄本が求められます。
唯一、建設業の廃業届だけは、法定相続人から提出することができます。