元、天王寺納税協会の専務理事をされていた税理士の山田吉隆先生が、「わかりやすい家族信託の税金のはなし」という書籍を令和2年6月に出版されました。納税協会に勤務されていた当時、知遇を得て、お世話になった先生です。
その書籍から引用させていただきました。以下、引用文です。
1.はじめに
信託法が平成18年12月15日に、大正、昭和、平成を通じて84年ぶりに改正されました。激変のあった84年間のブランクをこの改正で一気に行ったことになり、現在の時代に合った、さらには将来の社会的ニーズを見越した幅広な改正がされたと言われています。
条文数から見てもそのように感じることができます。改正前の信託法は75条で構成されていましたが、改正後は271条となっています。これは法律が改正されたというよりも、新たな法律ができたと考えても良い状況ではないかと思えるほどです。
このような信託法の大改正を受け、翌年の平成19年度の税制改正では信託税制に関する改正が、これまでには見られなかった規模で行われました。新たに組成が可能となった多様な信託に対応できるよう、税制においてもその整備がきっちりと行われたわけです。
ここで少し歴史的な流れを紹介します。
信託法が我が国に初めて導入された大正11年(1922年)の税制では、所得税法が改正され、同法第3条の2 において、「信託財産につき生ずる所得に関してはその所得を信託の利益として享受すべき受益者が信託財産を有する者とみなして所得税を賦課する。前項の規定の適用については受益者が不特定なるとき又は未だ存在せざるときは受託者をもって受益者とみなす」とされていました。
このように、当時の信託税制は、基本は受益者に課税するが、受益者不特定なるとき又は未だ存在せざるときは受託者に課税すると定めていました。しかし、受託者は、信託財産を管理・処分するだけの権限しかなく、そこから生じる利益を得られるわけではありませんので、受益者不特定等の場合に受託者課税を行うことには異論が出ていたようです。
また、一方で、受益者が不特定又は未存在の場合に受託者課税として扱われることを利用して、高額所得者の中で自身が委託者となり、信託の利益を自己の所得から切り離し委託者自身に係る累進税率(所得が増えると税率が高くなる制度)を免れようとする者が出てくるなど信託を租税回避に利用するような者も出てきたようです。
このようなこともあって、税務当局としては、委託者の租税回避策を設ける必要があったわけです。
そして、昭和15年(1940年:初めて法人税法が創設された年)の改正時において、受益者が不特定又は未存在のときは委託者に課税を行うという納税義務者の変更を行いました。いわゆる「委託者課税」と言われるものです。
上記のように平成18年に、信託法が 84年間のブランクを埋める大改正が行われ、これまでにない新たな類型の信託が認められるなど幅広で画期的な改正が行われたことから、その直後の平成19年度(2007年度)の税制改正においては、信託税制の大幅な見直しが行われました。
その時、信託課税を行う方法については、信託の種類及びその内容により信託を3 つのグループに分ける一方で、受益者の定義についても見直しを行い「みなし受益者」の概念を取り入れ、さらに受益者等の存しない信託については、受託者に法人税課税を行うという考えを採用しました。
受益者等の存しない信託については、再度、大正時代の受託者課税に戻ったことになりますが、その内容は大きく異なっています。
では、3つのグループの概要を説明します。
3つのグループとは「受益者等課税信託」「集団投資信託等」「法人謀税信託」のことです。
2.受益者等課税信託
信託課税の基本は、所得税法第13条第1項及ぴ法人税法第12条第l項で、受益者等課税信託としています。その中で、税法上の受益者は、信託上の受益者の中の「受益者としての権利を現に有する者に限る」と限定しました。
言い換えると、信託法上の受益者の中で「受益者としての権利を現に有していない者」は、税法上の受益者には該当しないということになったわけです。また、それぞれの法律の第2項で、受益者以外の者であっても、「信託の変更する権限を現に有し、かつ、当該信託の信託財産の給付を受けることとされている者」は税法上の受益者とみなすこととし、受益者の範囲を広げています。受益者に「みなし受益者」の概念を取り入れました。
課税は、そのような受益者に対し、発生時に行うと定められました。
2.集団投資信託等
集団投資信託等とは、集団投資信託、退職年金等信託及び特定公益信託等であり、課税は受益者に対し、受領時に行うとして取り扱うことにしました。
3.法人課税信託
この法人課税信託には、「受益証券発行信託」「受益者等が存しない信託」「法人が委託者となる信託で一定のもの」「投資信託」「特定目的信託J の5つが該当することとし、課税は受託者に対し、信託段階で法人課税を行うことにしました。
家族信託での課税は、受益者等課税信託方式が基本ですが、注意しなければならないことは、改正前の受益者が存在しない場合又は特定していない場合の課税が委託者課税であったものが、改正後では受益者等が存しない信託として受託者に法人課税を行う扱いになったというところです。
信託法上で受益者が存在しない場合又は特定していない場合は、税法上では「受益者等が存しない信託」として整理をし、法人課税信託として課税することにしたわけです。
このような整理が行われたことにより、国税関係では、主に所得税法、法人税法、相続税法の見直しが行われています。
信託税制の改正が行われたのは、大きく様変わりした信託内容が課税逃れに使われることのないようきめ細かな改正を行う必要があったからだといえます。租税回避対策として、また課税の公平を維持するために税制改正が行われたことになります。