ここは倉敷市内の美観地区。江戸時代にタイムスリップだ。都会では見られなくなった、どっしりとした存在感のある建物が立ち並んでいる。なまこ壁と呼ばれる白壁に囲まれた蔵造りの家並み・・・。中央に倉敷川が静かに流れ、川畔をぶらりと行く。私たちは、「高砂橋」の方から歩きだした。

 かつては米や綿花などを扱う商人たちが大きな屋敷を構えていた。蔵の数々は、みやげ物店やレストランなどに表情を変えているが、建物は今も大切に守られている。美観地区の正式名は「伝統的建造物群保存地区」。日本の伝統的な建築技術を使い意匠を凝らした町並みを、これからも残していこうと文化庁から指定されている。

 漆喰壁の蔵。土塀や格子といったものに何とも言えない風情がある。それに川畔がいっそう、この家々を引き立てている。大原美術館の創設者が生まれ育った大原邸や重要文化財に指定されている井上家住宅など、江戸時代中期頃の屋敷が続く。

 建物の造りに興味を持っているのは私だけらしい。妻も娘も、息子夫婦も、ひたすら、珍しいみやげ物に興味を向けている。備前焼の店に入る。鉄分を含んだ土が体にいいらしい。1,000年の歴史を我家で楽しむために、湯のみを4つほど買って、思い出創りをする。

 お昼が過ぎて、大原美術館の近くに「手打ちそば、あずみ」と書かれたのれんをくぐる。待たされること30分。たぶん、うまいんだろう! どうだろうか? やがて「山芋そば」がくる。久しぶりにおいしい一品に出合った。30年間守ってきた「麺」と「つゆ」。倉敷で蕎麦とは疑問の向きもいらっしゃるが、お勧めの絶品ですぞ。

 横に座る新妻に声をかけようと思うが、臆病な私はビールを注文した。素面(しらふ)では緊張して、とても言葉が出ないので、飲めないお酒を無理して飲みながら、勇気を奮って、彼女に尋ねてみた。

「ところで、あいちゃんの好きな食べ物は?」

「アイスクリームとかき氷」

 一応、義父として、嫁の好みを知る権利があるし、これから長い付き合いをしていく上でも大事なことである。かき氷の「イチゴ」が好きらしい。

 あずみの蕎麦屋を出て、今度は反対側の川畔を歩く。「氷」と書かれた看板布を目印に、2、3件あたる。どこも満員である。今度は甘党専門店の戸をあける。やさしい婆さんが愛想よく「ごめんなさい」という。ここも満員。また、2、3件の店を尋ねるが満員。どうやら「かき氷」に縁がないらしく、あきらめようと思っていたが、もう一度、さっきの甘党専門店の婆さんに声をかけた。5人分空いたら、知らせてください。外で待っていますから。

 待つこと10分。やがて、私たちはかき氷にありつくことができ、あいちゃんは、やっぱり「イチゴ」を注文した。ビールの勢いが残っていたので、ここでも、あいちゃんに質問。

「かき氷の他に好きな食べ物は?」

「ウーン? 何でも食べるけど」

「肉系か魚系?」

「どちらかと言うと、魚」

 かなり、新妻の趣味嗜好が分かってきた。わたくしはマジメに考え、真剣にとらえている。やはり、旅行の収穫は大きい。実は食べ物の話だけではなく、普段では感じることができない、ちょっとした言葉やしぐさの中に、人柄を覗くことができる。あいちゃんも、私のことを酒飲みのおしゃべりな親父と受けとってくれたら、ありがたい。