大川隆法先生の「成功の法」という素晴らしい書籍があります。その中に「自己実現の定義」という箇所があり、紹介させて頂きます。

 

 様々な自己実現法が巷には氾濫しています。その中には、宇宙の理法に敵ったものもあれば、それから外れたものもあります。人間の心の法則に真に敵ったものもあれば、そうでないものもあります。

 いずれにしても、「自己実現とは何か」ということを、もう少し詳しい議論として考えてみる必要があるのではないでしょうか。

 私は自己実現を次のように定義してみたいと思います。それは三つの要素から成り立っています。

「第一に、自己実現とは、人間が幸福を得るための手段である。第二に、自己実現とは、社会をユートピアにするための手段である。第三に、自己実現とは、大宇宙の進化につながるものである」

 このように言えると思います。

 そこで、この三つについて考えてみたいと思います。

 第一の、「自分の幸福増進、人間としての幸福増進に役立つもの」という考え方は、自己実現の出発点であると思います。不幸になるための自己実現は、私たちが研究の対象としているものではありません。例えば、自分が倒産するための自己実現もなければ、病気で死ぬための自己実現もありません。そういうものではなく、やはり、「向上を目指している」という前提があるはずです。

 しかしながら、自己の理想を実現することを、その元としていても、実現の過程において、間違った方向が出てくることは、当然ながら、ありうるでしょう。

 そのために、第二の意味が必要と必要となってきます。すなわち、「社会のユートピア化を増進するための自己実現」という観点です。これが何らのかたちで含んでいない自己実現は、真実のものではないと思えるのです。「自分が自分の幸福を追求する過程において、何らかの、社会全体への還元ができる。社会全体の理想、社会全体の向上のために協力できる」ということが大切なことなのです。

 したがって、私が、常々、幸福の科学で説いていることですが、「私的幸福から公的幸福へ」というスローガンが大事であると思います。

 それは、「自分自身の幸福を捨てて、公の幸福を求めよう」ということではありません。そうではなく、「自分自身の幸福を求めるという行為が公の幸福につながるような、そういう生き方をしよう」と言っているのです。

 なぜなら、「自分を捨てて、公のため」と言っても、それは、大きな目で見て魂の向上にならないこともあるからです。地上の人間が生きている以上、みずからの人格の向上、経験の増大ということは、どうしても抜きがたいものです。そういうことを経験しないでは、やはり、生きている意味がないのです。

 自分自身が向上しようとする意味での幸福追求というのは、よいことか悪いことかといえば、明らかに、よいことなのです。ただ、そのよいことをしていく課程において、他の多くの人たちの自己実現を妨げないようにする工夫が必要なのです。したがって、ユートピア理論への貢献が必要だということになります。

 第三は、宇宙の理法、進化という理法への貢献です。

 これは何かというと、結局、単に「社会への貢献」ということだけではなく、「宇宙のなかの地球」という視点を持ち、その地球が、いまという時間になかにあることを考えた上で、「さすれば、私たち人類団体は、いま、どのようにすべきなのか。どのような文明をつくるべきなのか。私たちの、いまの使命はどこにあるのか」という大きな理想を実現するということです。これを「宇宙の意志」「仏の意志」と言ってもよいのですが、そういうものと自己の理想とを一致させていく必要があるのではないかということです。

 これもまた、自己実現の延長にあるものとして考えてください。「私的幸福、公的幸福、そして、その次にあるもの」ということですから、これは、「地球的幸福」、あるいは「宇宙的幸福」とも言うべきものでしょう。宗教を信ずる人であるならば、「仏の求めておられる幸福」と言ってもよいかもしれません。

 本当に素晴らしい自己実現の定義ですね。類書になり自己実現の定義だと思います。

 社会への貢献までは、他の経営書などで多く述べられている事ですが、「地球的幸福」「宇宙的幸福」まで述べられている書籍は、おそらくないと思います。それも第一の定義と第二の定義と第三の定義とを関連付けて、明確に分かりやすい言葉で述べられています点が、類書にない書籍だと痛感いたしました。

 自己実現をいつも考えていらっしゃる方には、「成功の法」はお勧めの書籍です。