義理と人情に厚いT社長のお話です。

 T社長は「いつも仲間うちに助けてもらっています。仲間うちの人間を大事にしています」。彼の経営信条です。仲間うちとは、お客さん、従業員さん、下請さんのことでしょう。「仲間うちを大事にされている」T社長らしい表現ですね。

 酒に強いが女に弱い。特にべっぴんさんに弱い。男らしく筋を通す「親分肌」の社長です。ところが「お人好し」な一面もあるようです。私の勝手な人物評価です。人情が厚すぎるのか、何の疑いも持たずに人を信用されます。彼の良いところですが、よく人に騙されているようです。創業から40年以上になりますが、ご自身で「悪運に強い男」と言われます。お会いするたびによくおっしゃいます。

 お世話になって30年になりますが、15年前のことです。

 上場されている某会社の下請工事をされました。工事完了にも関わらず、難くせをつけて塗装代金を払ってくれません。社長は、何度も担当者に掛け合われましたが、代金回収ができません。かなりの工事金額でした。

 当時の担当者から、「お前の会社が倒産しようが、現場監督がどうなろうが、俺の知ったことではない」と罵るような言い方です。社長は激怒され、「それでも人間か。お前では話にならん」と一喝されました。某社の担当者らは、自分の保身ばかりで話にならなかったようです。そこで、T社長は、本社の社長宛に手紙を書かれました。

 後日、手紙の効果があったのか、なかったのか、担当者から工事代金の一部を支払うから、これで納めてくれとの内容でした。それは工事代金の三分の一程度の金額でした。これでは話にならず、T社長は裁判に訴えました。

 ざっと、このような事件内容です。その後、この件で私の方にも相談があり来所されました。

 じっくりと事件内容を聴いたあと、T社長に尋ねました。

「社長の話を聴いていますと、先方の某社が一方的に悪いように感じましたが、こちらの方にも、現場ミスや落ち度はなかったのですか」

「何もありません。一方的に某社が悪い。はなから難くせばかりつけて、現場で働く職人を人間扱いしていないんですよ。お金のこともありますが、先生、どう思います」

「社長の気持ちは分かりますが、それでも何かあるでしょう」

「朝から晩まで、現場に詰めていたわけではないので、私の知らないところもあり、全くないとは言い切れませんが」

「そうですか。裁判資料を見ますと、某社からの注文書がなく、口頭のやり取りで塗装工事を進めているようです。某社のやり方に疑問を持ちますが、注文書をきちんと請求しなかったT社長にも責任があると考えます。建設業の一番大事なところがおろそかになっていますね。裁判では、確実な証拠がなければ代金回収が難しいのではないですか。もちろん、現実に工事をされていますので、出来る限り証拠になる資料を提出することだと思います。裁判って、そんなところがあるようです」

「そうです。わざと注文書を発行しないんです。詐欺行為に近いです。できる限り立証できる資料を集めます」

「ところで、社長、先ほど私が、こちらの方にも何か落ち度はありませんかと尋ねたのは、具体的な話ではありません。裁判の内容でもありません。このような事になった根本的な話です」

「はぁ、よく解りません」

「今回の事件ですが、社長自身が呼び寄せているというか、社長ご自身の想いの中にも原因があるように思います。裁判は裁判で法的に進めていかなければなりませんが、違う角度から会社経営を見直す機会を与えてくれたのではありませんか。このような考え方はできませんか」

「いい加減にしてください。俺のどこが悪いんですか。俺の想いのどこが悪いんですか。確かに俺は悪運に強い男ですが、こんなふうに言われるのは心外です」

 社長は怒り出しました。

「社長、それですよ。悪運ですよ。怒らないでください。悪運をご自身で呼び込んでいるのです。悪運に強いことは良いですが、いつも「俺は悪運に強い」と言葉に出されているでしょう。これが問題なんです。悪運が潜在意識を混乱させているんです」

「潜在意識、何のことですか」

 それから1時間ほど、T社長に潜在意識の話をさせていただきました。怒りも治まり、真剣に私の話を聴いてくださいました。

 以来、T社長から「悪運に強い男」の言葉は聞いていません。ご自身の想いをプラス思考に変換されたようです。悪運を強運に変え、いつもの親分肌で、強運を呼び込んでいます。その後、T社長の会社は、すごい勢いで繁栄発展されています。

 北島三郎さんの歌「兄弟仁義」ではありませんが、T社長が兄貴分で私が弟分のような仲になり、仕事以外のお付き合いも多くなりました。

 T社長いわく「あれから、良い仕事先が増えてきました。喜んでおります。今では、強運に強い男と思っています。ありがとうございます」

 悪運に強い経営者が、潜在意識という応援団を持てば、強運を呼び込む力も相当強いようです。潜在意識が善回転からフル回転を始めました。より一層の繁栄発展を願っています。