松下幸之助さんが、大阪商工会議所で講演された時のお話です。

 200人の前で、ダムのようにお金を貯めること、ダムのように人材を育成すること、ダムのように信用を形成していくこと、そして、ダムのように人格を向上させていくことの大切さを話されました。お金のダム、人材のダム、信用のダム、人格のダムです。

 松下さんのお話が終わり、質疑応答に入り、一人の方が質問されました。

「どうしたら、ダム経営をすることができますか?」

「そりゃ、心の中で思うことですわ。まず思わないと実現しまへん」

 会場から笑いが響きました。経営の神様と言われる方が、この程度の回答しかできないのかと言う会場の雰囲気です。

 しかし、たった一人、その話を真剣に捉えた方がいらっしゃいました。京セラの創業者である稲森和夫さんです。その当時は、まだ京セラの初動期だったのですが、「まず、思うこと」の意味を深くかみしめ、他の199人の方と違う捉え方をされたのでしょうね。その後、京セラは、みなさんもご存じのとおり、ダム経営をみごと実践された優良企業です。

 京セラのホームページには、「心をベースに経営する。京セラは、資金も信用も実績もない小さな町工場から出発しました。頼れるものは、なけなしの技術と信じあえる仲間だけでした。会社の発展のために一人ひとりが精一杯努力する、経営者も命をかけてみんなの信頼にこたえる、働く仲間のそのような心を信じ、私利私欲のためではない、社員のみんなが本当にこの会社で働いてよかったと思う、すばらしい会社でありたいと考えてやってきたのが京セラの経営です。人の心はうつろいやすく変わりやすいものといわれますが、また同時にこれほど強固なものもないのです。その強い心のつながりをベースにしてきた経営、ここに京セラの原点があります」と書かれています。

 繰り返しますが、「人の心はうつろいやすく変わりやすいものといわれますが、また同時にこれほど強固なものもないのです。その強い心のつながりをベースにしてきた経営、ここに京セラの原点があります」。

 人の心は強固なもの。この言葉は、松下さんの言われた「心の中で思うことですわ。まず思わないと実現しまへん」と相通ずるところがあります。稲盛さんは、見事に潜在意識を開花させた方だと、個人的に思っています。もちろん、稲盛さんはじめ全従業員が一丸となって、血のにじむような努力があったからこそ、京セラの繁栄発展があったと思いますが、思いの力を信念までに上昇されたのではないでしょうか。

 城たいが氏の詩ではありませんが、「幸せだと思った時から、幸せが始まる!」まさに、この考え方です。ダム経営も同じことですね。あとは、それを信じて実践するか否かです。「思うだけでダム経営ができるなら、誰も苦労しない」と捉えた方は、松下さんの想いが伝わらなかったのでしょうね。