ここでは、想いを実現する(想念の具体化)というお話です。

 これは、なかなか高度なテクニックでもあると思います。「漠然と、心のなかに希望が浮かぶ」ということは、よくあるわけですが、それを具体的な姿として結晶させることは、かなり難しいこともありましょうし、そのようなことは訓練をしなければ、なかなか、できるものではありません。

 以前に「ダム経営を信じ実践された、たった一人の経営者」と題して、京セラの創業者である稲森和夫さんの話を書きましたが、稲盛さんが、まさに想いを実現された方です。それも全社あげて実現された良い例だと思います。時間があれば、この記事を読んでください。

 例えば、「家を建てたい」という想念を起こしたとしても、すぐに否定的な感情というものが心に浮かんできたりします。一日か二日たつと、「今の自分の収入では家が建つわけがない。自分には協力者など出るはずがない」などという気持ちが起きてきて、せっかくでき上っている想念が壊れていく傾向があるわけです。

 ここで、想念を具体化させるための、いちばん大切な話をします。それは、「想念を描いたならば、それを一定の時間、描き続ける。持ち続ける」ということです。

 それを、自分の力によって、考えによって、「〇年〇月までに」などと思うと、なかなか難しいことがありますが、そこまで自分を追い込む込むことなく、「ある程度の期間のうちに」というぐらいの気持ちで、その想念を維持し続けることです。

 そうすれば、多くのことがなされていきます。常々、心に思い続けていれば、やがて、年月を経るにつれ、いろいろな人との出会いがあり、いろいろな成功のチャンスがあり、さまざまなことがあって、実現していきます。ところが、その途中で、描いた想念が崩れてしまった場合には、実現は、それだけ遠のいてしまいます。

 最低三年間、同じことを思い続けていれば、その途中で、多少かたちが変わることはあっても、何らのの実現ということはありうることだと思います。

 そして、長い目で見れば、十年間、一つのことを思い続けて、それが実現しないということは少ないのではないかと思います。それは、現代の日本のように、非常に繁栄している国においては、さまざまな協力の機会を探している人が数多くいるからです。そういう人の力を借りて、成せない事業というものはありません。

 平凡な人間であったとしても、十年間、思い続けることができたならば、何らかの事業を起こし、何らかの建造物をつくり、何らかの仕事を遺(のこ)すことは、可能であると思います。

「想念の具体化には一定の時間の継続を伴う」ということを、よくよく心に刻んでいただきたいと思います。

 そうでなければ、ちょうど、貼り紙をはがされた電柱のようなもので、たまたま協力者が現れても、その協力者は、何が必要であったのかが分からなくなってしまいます。

「空き家を求む」とか「職を求む」とかいうような貼り紙がなされていたとして、そのままであれば人の目に付きますが、その注文に応えてくれる人が、もうそこまで来ているにもかかわらず、その貼り紙をはがしてしまえば、それは、気づかれずに終わってしまうことになります。

「持続」ということの意味を、よくよく考えてください。そして、決して諦めないことです。

 私も本の出版を想い続けていましたら、本日(令和6年2月17日)、出版が決まりました。具体的には、これから出版社との打ち合わせに入り、おそらく年内には書店に本が並ぶと思います。長年、私はいろんな記事をホームページに載せてきましたし、想いのところでも必ず実現すると強く描いていましたので、やっと花開きました。